取組の概要
シウリザクラ Padus ssiori は本州中部以北の山岳地帯から北海道に分布するサクラの一種である。神奈川県が分布南限で、清川村の丹沢山と相模原市の蛭ヶ岳の標高1,000m以上の森林に小集団でパッチ上に分布している。総個体数は約400個体と少なく、近い将来に絶滅の可能性が高いとして神奈川県の絶滅危惧種IBに指定されている。シウリザクラの葉を摂食するサクラスガ Yponomeuta evonymella 幼虫の大量発生が1996年以降頻発してきたため、食害のストレスにより枯死するシウリザクラが急増している。丹沢山地でのサクラスガ幼虫の食餌はシウリザクラだけであり、サクラスガもまた絶滅が危惧される種となるため、両種の共存を可能とする保全対策が必要である。
本研究ではシウリザクラとサクラスガの生育状況と食害のモニタリング調査を行い、上高地、日光、北海道などの他産地と比較検討する。また、サクラスガ発生量を抑制する働きがある寄生性昆虫や鳥などの捕食者について調べる。保全対策として、根萌芽(ひこばえ)をシカの食害から守り、世代更新を促す植生保護柵について、柵内の幼稚樹の生育状況からその有効性を引き続き検討する。新たな試みとして、神奈川県自然環境保全センターと共同で、幹への薬剤の注入試験を行い、サクラスガ幼虫の発生量抑制の効果を検証する。
取組の成果
モニタリング
丹沢山堂平で継続して調査している10個体のシウリザクラの網巣数は397巣で、昨年の大量発生のレベルから大幅に減少し、全失葉をともなう著しい食害は確認されなかった(図1)。しかしながら、上高地や日光での密度は10個体当たり1巣未満で、これらと比較すると、丹沢山では今年も桁違いに高い網巣密度が維持されていた。北海道の野幌では丹沢山並みの高い網巣密度で、顕著な食害も発生した。さらに9月の調査で高密度の産卵も確認されたため、越冬幼虫の生存率の調査を追加し、2016年1月までに約半数の卵塊が鳥などに捕食されたことを確認した。寄生性昆虫では堂平で新たにヒメバチ類の寄生が確認できた。また、丹沢山のシウリザクラは2015年7月までに7個体の枯死が確認され、丹沢山地の約1/3がこの10年で枯死したことが判明した。
保全対策
丹沢山で設置年代の異なる3カ所の植生保護柵内で、根萌芽由来のシウリザクラの生育状況を4月に調査した。保護柵設置1年目と5-6年目の2カ所では幼稚樹の成長と個体数の増加が認められたが、保護柵設置後10年以上経過した残りの1カ所では、早春にシカが柵内に侵入して幼稚樹を摂食したため、成長が抑制されていた。また、自然環境保全センターと共同して、堂平において樹幹への薬剤注入試験を行った。4月下旬に20以上のサクラスガ網巣があるシウリザクラ5個体を選び、3個体に薬液を、残りの2個体には対照として水を注入した。6月に確認したところ、薬液を注入したシウリザクラ個体には巣は全く無かったが、対照の個体にはそれぞれ23、47巣が認められ、薬剤の有効性が確かめられた。
図1 堂平におけるシウリザクラ10個体当たりのサクラスガ網巣数の年次変化(1996-2015年)
白抜きは正確な計数が不可能なほど網巣が多かったため、最低の見積もり数